2007年05月29日

夜逃げ疑惑

最近、まともに家に帰れないぐらいに働いたり遊んでたりしていたので、
すっかり日記をご無沙汰してしまいました。

私が家を不在がちにしている間、
間の悪いことに、私は今月の家賃を振り込み忘れていたらしく、
不動産屋さんはその旨の連絡を私にしていたのですが、
家に電話しても職場に連絡してもちっとも連絡が取れないため、
(長期出張してました)
最後はものすごい勢いで携帯に電話がかかってきました。
どうやら夜逃げでもしたものかと疑われたみたいです。
借金取りに追われる気持ちがちょっとだけわかりました。
遊びすぎて借金しないようにしないとね。

この際だから各方面に連絡しておきますが、
私は元気です。(キキ風に)
posted by ひんべえ at 21:21| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月22日

御蔵三昧(暫定版)

御蔵島から帰ってきました。

ホントは日曜日に帰ってくる予定だったんだけど、
海が時化てしまい、あえなく御蔵島へ閉じこめられることに。
そして、迫り来る台風から逃れるように戻って参りました。

出発前は行けるかどうか心配だったけど、
結果的には閉じこめられたりしてしまったけれど、
イルカと一緒に泳いで、イルカにマジ切れされた瞬間を激写したり、
3回目にして初めて御蔵の森を散策して、キツツキの姿を見たり、
海が時化てやることがないので、昼間から青空の公園でお酒を飲んでまったりしてみたり、
御蔵島三昧ぶりを日記に書きたいのだけど、時間がないのでとりあえず写真だけの暫定版。

またあとで更新します。

御蔵島のイルカ

御蔵島の森

御蔵島の夕日
posted by ひんべえ at 01:21| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | ダイビング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

旅する神殿は愛を歌う

お台場で開催中のグレゴリー・コルベール作品展 「ashes and snow」
連休最終日の夜であれば、さすがのお台場も空いているであろうと予想して、出かけてきました。

1月に六本木で先行して開催された「Animal Totems」を見に行って、
これはこれでよかったので、六本木だけでかなり満足して、
お台場には行かなくてもいいかもぐらいに思っていたのですが、
その出口で、一本のDVDを見て心が変わったのでした。

クジラと共に、もしくは男女が向かい合い、
水の中をどこまでも自由に踊る人間の姿。
そこは人にとって息もできない水の中のはずなのに、
地上よりずっと自由に踊るその姿。
人間はこんなに美しかったのか。

その印象がとても強く、
もう一度、小さなテレビ画面ではなく、大きなスクリーンで見たくって、
雨の中、お台場の旅する美術館まで出かけたのです。

旅する神殿

<旅する神殿>

空いているであろうとの予測はドンピシャで、ゆっくり落ち着いて観ることができました。
が、雨のなか、コンテナを組み立てた移動式のこの美術館はとても寒く、
昼間の格好のままで出かけたことをとても後悔。
これは、美術館ではなく屋外にいると考えて服を選んだ方がよかったのですね・・・。

なかは天井が高く、ローマの神殿を思わせる回廊のような造りになっています。
土を思わせる落ち着いた色合いの紙製の柱は、写真を吊す役割も担っていて、
高いところから吊された写真は、コンテナの隙間からときおり入る風に軽く揺らされ、
じっと見ているときに写真が揺らされると、まるで写真が呼吸をしているようで、
はっとさせられました。


<俳句>

これは六本木で見た「俳句」と名付けられた映像について。
六本木の時に「お台場でまとめて日記にしよう」と思って書かなかったので。

初めて映像が流れる空間に足を踏み入れたとき、
スクリーンに映っていたのはオランウータンと、オランウータンに手を引かれる飼育係の女性の姿。

それは「俳句」の最後の方だったようで、
すぐに画面は暗転、「俳句」は繰り返し、森の賢人達の言葉を最初から語り出す。

そして最後。
私が見たのはオランウータンと女性が愛を交わす姿だった。

この「俳句」は同じ映像を何度も流しているわけで、
スクリーンはさっきと全く同じ画面を写しているはずなのに、
なぜ、「動物と人間」だった2人は「恋人同士」に変わったのか。
それがとてもショックだった。
この作品と私が出会って生まれた、私の心にこれだけの影響を与えたものって、
いったい何だったのか。

もう一度その「俳句」を見たくて、お台場に期待したけど、
実はお台場の「俳句」は六本木の「俳句」と微妙に違ったらしい。
残念。
だけど、あのときの衝撃は、やっぱり初めて出会ったときにしか得られないものだったのかもね。


<粒子>

グレゴリー・コルベールの写真は、独特の和紙に焼き付けられた写真。
その和紙のために、画像は細かい粒子の集合体のように見える写真。

初めて実物の写真を見たとき、
「なんで写真なのにこんなに物体と空間の境界があいまいになっているんだろう」
と不思議に思い、
それがわかりやすかった象のしっぽの部分をまじまじと眺めていました。

普通の写真は、人や象の輪郭がはっきり写るはずなのに、
この写真は、粒子が密なところが象で、粒子がだんだん少なくなって、
粒子が少なくなったらそこは空、みたいな、段階的な変化があるのです。

象のしっぽの境界があいまいになり、粒子になった象が空に溶けていく感じ。
それを見ながら思い出していたのは、写真の近くで流れていた、砂漠の映像。

砂漠では人やチーターが寄り添い、砂は風に飛ばされていました。
象も人も、この粒子のように、等しく遺灰(もしくは雪の結晶)になって、
あの砂漠の砂のように空を飛んで、人々に降り積もる、
写真を前にして、そんなイメージが不意に浮かんだのです。


一番最初、グレゴリー・コルベールの写真をwebで見たとき、
「これは合成?CG?」と疑って、そのことばかり考えていたけど、
気がつけば、私はごく自然にこの写真を受け入れていて、
合成だとかCGだとか、動物がこんな近くにくるはずがないとか、
そんなことはほとんど気にならなくなっていました。
(たまに「作りすぎでは?」と思うこともあったけど)


−−−−−−


連休の最終日から今日まで、うだうだいろいろ考えていたけれど、
結局まとまらないままダラダラ書き連ねることになったのは、
ホントは、美術館の中で、旅する夫が妻に書き送った手紙を読みながら、
ある程度考えをまとめたかったのに、
あまりの寒さに耐えかねて中途半端なところで出てきてしまったから
・・・だと思うよ。(いつもダラダラだけどね。)

私の場合、たとえ快適な気温下であっても、
どっかの御仁のように6時間も美術館に篭もる体力はないけれど、
(美術館って疲れるよね・・・)
もうちょっと、その世界を見ていたかったような。

だけど男の手紙はもう読むことができないから、
あとは目を閉じ耳に手を当てて、思い出すしかないのかな。
posted by ひんべえ at 23:10| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 夢の記憶(美術館のお話) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月11日

花嫁御寮はなぜ泣くの?

天気のよかったGWの一日。
母上に付き合って、上野界隈をお散歩。
蕗谷虹児展と竹久夢二展を鑑賞した後、
旧岩崎邸を見て、不忍池を散歩して帰ってきました。
不忍池はとても人が多かったね。


蕗谷虹児は、以前県立美術館の企画展で、
「柘榴を持つ女」がキレイだな、と思った人だったのですが、
この企画展は、挿画家としての蕗谷虹児の作品がたくさん。

初対面が「柘榴を持つ女」だったから気がつかなかったけど、
この人は挿画家として有名だったのですね。
「柘榴を持つ女」はパリ時代の、本人が自由に絵を描いていた時代の作品なので、
生活のために書いていた挿絵とはまた違う感じ。

挿絵時代のペン画もいい感じだったけど、
やっぱり、パリ時代や晩年に近い、本人が自由に絵を描けた時代の絵の方が好きでした。

どちらも女性の絵が多いんだけど、
挿絵の女性は、商業的な必要性なのかちょっとキリリ。
晩年の絵は、甘く切ない感じが強くて好き。
パリ時代の「柘榴を持つ女」などは、物憂げな女性の感じと、背景の余白がステキです。

結局、「柘榴を持つ女」が一番いいという評価は変わらず。

「文金島田に髪結ひながら花嫁御寮はなぜ泣くのだらう」
という『花嫁人形』の歌は、この日初めて知りました。
蕗谷虹児の代表作だそうで。
花嫁に対して「なぜ泣くのだらう」って、無邪気な残酷さと切ない感じが印象的でした。
母はこの歌を知ってたし、実は子供の頃は蕗谷虹児の絵本で育っていたらしい。


竹久夢二美術館は、竹久夢二の美人画が少なめでちょっと残念。
竹久夢二の絵が好きなのに〜。

数は少なかったけど、やっぱり竹久夢二はすばらしい。
なんか、ちょっと雑に描いた感じの絵であっても、
何とも言えない色気と動きが感じられるのですよ。

目とか、細かいパーツのそれぞれを見ると、
なぜこれが美人になるんだかよくわかんないんだけど、
絵として全体を見ると間違いなく美人がなんだな・・・
やっぱこの人天才だわ、と思った。

だからもうちょっと絵が見たかった。
個人的には、絵さえよければその作家さんの人生には特に興味を持たない人なので・・・ (^-^;


2つの美術館を出た後も、後の予定まで時間があったので、
旧岩崎邸を見てきました。

旧岩崎邸

昔のお金持ちっていうのはすごいね。
建築はよくわからないけど、手間がかかった装飾で、部屋ごとにテーマカラーが違うステキな部屋がたくさん。

旧岩崎邸・客室

こんな家で落ち着けたかどうかはわからないけど。
客室が殿方用と婦人用に別れていて、婦人用の客室の方がステキだと思ったのは、
時代が変わっても女性としての感覚に共通するものがあるのか。


なんだか、すっかり大正ロマンに浸った一日でした。
posted by ひんべえ at 01:15| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 夢の記憶(美術館のお話) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月05日

誠心誠意生きるということ 〜4月の読書記録〜

最近、電車での通勤時間がとても長くなりましたので、電車の中で本を読んでおります。

ホントは、英語の勉強でもするのが自分の人生のためになるんだろうけど、
そんなに根を詰めた生き方をしていたら、
通勤途中に湘南新宿ラインにでも乗り換えて海の方へ逃亡するかも知れないので、
痛勤時間ぐらいは好きにさせてもらっています。

4月に読んだ本はだいたい10冊ぐらいかな。
(通勤時間が長いんだよ。)

前に電車通勤していたときも、日記にその月に読んだ本を記録していたのですが、
これが意外と、未来の私にとっての参考となったので、
これからも記録を付けてみようかなと思い立ったのです。


<4月の読書記録>

ローマ人の物語<11>ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上)〜ローマ人の物語<20>悪名高き皇帝たち(4)




1年以上前、「ローマ人の物語<10>ユリウス・カエサル ルビコン以前」までは読んでいたのですが、
この「ローマ人の物語<10>」を読み終わった後に、夜寝付けなくなるほど興奮してしまい、
この本を読み続けていては、情報処理試験の勉強が手につかなくなってしまう、と、
ずっと読むことを封印していた本でした。
それを、この機会に封印を解除。

噂では、カエサルの登場部分が一番おもしろいとも言われている「ローマ人の物語」。
その、いわばクライマックスを読んでしまった後なので、
その後の私のテンションが下がったのは否めないとはいえ、
やっぱりおもしろかったよ。

凡人の私としては、クラウディウス帝の最期が悲しかった。
クラウディウス帝は恐妻家で志薄弱で、
正直、彼の功績を読んでいるときはあまり好感を持てなかったけど、
どんなに地味で見栄えがしなくても、誠心誠意努力して皇帝としての役目を果たしていたときに、
燃え尽きてしまったように毒殺されてしまったところで、
凡人の私は何とも言えない淋しさを感じたのです。


デュシャンは語る




「死ぬのはいつも他人ばかり」の名言を残したデュシャン。
美術館で作品を見てもよくわかんなかったけど、
そのかっこいい生き方に惚れたので、
晩年のデュシャンがインタビューに答えているこの本を手にとってみた。

・・・
美術の教養を全く持たない私には難しかったけれども、
(言葉遊びを好むデュシャンであれば、本来は原書を読むべきなんだろうな。)
そんな私にも読めるのは、「芸術家の創造」というのを嫌ったデュシャンという人だからなんだろうなと、
上手く言えないけど、そう思った。


ビジネス書、4冊ほど

これは好きで読んでいるわけでは無いので、カット。


−−−−−−

読書以外のお楽しみ。

本を読んだ後に歩く新しい通勤路は、花がとてもキレイな街なのです。

黄色いバラ

新しい友達もできました。

駅前の猫さん
posted by ひんべえ at 23:46| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月01日

季節が君だけを変えすぎだ

もうすぐ1年になりますが、
今のカメラ、SP-350の購入と一緒に、
お世話になっているダイビングショップから小さな多肉植物をいただいてきました。

うちに来た頃のたぁ坊。(こんな名前のサンリオキャラがいたよな。)

幼かったたぁ坊


そして、1年後の姿。

盗んだバイクで走り出しそうなたぁ坊
ナニガアッタノ?

全然違う植物になってるーーーー ( ̄Σ ̄=)!!

多肉植物って育てたこと無かったんだけど、
まあ、普通にしていればいいのかなと思って、
水をあげたりとか、
自分がご飯を食べるときに、
「たぁ坊も食べる?」ってお米のとぎ汁を与えていたりしたのですが、
そしたら、すくすくすくすくと伸びて・・・

んで、伸びすぎて、根本とかいろんなところが折れた。OTL

最初は、伸びていくたぁ坊を「よしよし」とのんきに見守っていた私も、
根本が折れたのであわててグーグル先生にお問い合わせ。

そしたら、こういうのは「徒長」というらしい。
そもそも、多肉植物は大きくしないように育てるのがよいのだそうだ。
「大きくなるんだぞ」と育てた私がおバカだった・・・。

徒長の原因は、光量の不足、多肥、水のやりすぎ、多湿。
心当たりありまくり。
(うちは西向きなので、そんなに日当たりはよくない。)

人間にたとえるなら、
日光にも当たらず家の中でぬくぬくと、ダラダラ過保護に育てられていたら、
もやしっ子になって、成長と共にグレて道を踏み外したってとこか。
うちのたぁ坊が不良になるなんて。
なんてこったい。


そんな、不良になってしまった子を更生されるにはどうすればいいのかというと、
切り戻しをして株を更新するのだそうです Y( ̄∀ ̄)Yシャキーン!

ということは調べがついていたのですが、なかなか切る踏ん切りがつかず、
(こんな親だからたぁ坊はグレたんだろうな。)
ついに、ヒマをしているこのGWについに決行。


人生をやり直すため、まさに身を切られるたぁ坊。
・・・と、付き合ってバラされるジョーさん。

更生のためにガンバルたぁ坊
ヤリナオセイナイ、ジンセイハナイヨ

このまま2日間ほど乾燥させるのだそうです。
・・・生きている植物を乾燥されるだなんてしたこと無いから、
毎日枯れないかとドキドキ見守る。

そんな私をよそに、特に変わった様子を見せないタフなたぁ坊。
更生期間を経て、元のマグカップに帰還。

仲間に囲まれ再起を誓う
コンドハ、グレルナヨ
グレルナヨ


・・・ん?

侵略者・ジェット☆ジョナサン
侵略者・ジェット☆ジョナサン
ヨロシク

え〜。
実はジョーさんと一緒に侵略しにきていたジョナサン。
(昔の写真に、組み立て前のジョナサンが写ってます。)
ジョーさんが我が家、ジョナサンは私の職場の侵略が担当だったのです。
過去日記参照
んが、この春の人事異動により、あえなくジョナサンも職場を撤収。
ちょっと新しい職場には出撃できそうな感じではないので、
今はジョーさんと2人、我が家で待機してました。

これからは2体で活躍!!!・・・か?
微妙に名前がかぶるんだけど

なんにせよ、元はと言えば、
ジョーさん達もたぁ坊も、
カメラの撮影練習のモデルとしてうちにやってきたので、
SP-350君の練習の相手は、実はたくさんいるのです。
あとは私がちゃんとカメラの勉強をすればヨイのですね。


蛇足
posted by ひんべえ at 00:59| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。